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というのは、この俺が受取に行ったという痕跡を、少しだって残してはならないんだ。 もしそれが分ろうものなら、あの恐ろしい悪人がどんな復讐をするか、思った丈けで気の弱い俺はゾッとするからね。兎に角、出来る丈け俺でない様に見せなければいけない。そういう訳で、あんな変装をしたんだ。俺はあの十円で、頭の先から足の先まで身なりを変えた。これ見給え、これなんか一寸いい思つきだろう」 そういって、松村はそのよく揃った前歯を出して見せた。 そこには、私が先程から気づいていた所の、一本の金歯が光っていた。 彼は得意そうに、指の先でそれをはずして、私の眼の前へつき出した。 「これは夜店で売っている、ブリキに鍍金した奴だ。ただ歯の上に冠せて置く丈けの代物さ。僅か二十銭のブリキのかけらが大した役に立つからね。金歯という奴はひどく人の注意を惹(ひ)くものだ。だから、後日俺を探す奴があるとしたら、先ずこの金歯を眼印にするだろうじゃないか。さてこれ丈けの用意が出来ると、俺は今朝早く五軒町へ出掛けた。一つ心配だったのは、玩具の札の代金のことだった。泥坊の奴、きっと、転売なんかされることを恐れて、前金で支払って置いただろうとは思ったが、若しもまだだったら、少くとも二三十円は入用だからね。生憎我々にはそんな金の持合せがない。ナアニ、何とかごまかせばいいと高を括って出掛けた。――案の定印刷屋は、金のことなんかは一言も云わないで、品物を渡して呉れたよ。
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