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私は、松村のこの不思議な挙動については、読者にはまだ明してない所の、私丈けの深い興味を持っていた。 それ故、彼に十円という、当時の私共に取っては、全財産の半分であったところの大金を与えることに、少しも異議を唱えなかった。 松村は、私から十円札を受取ると、古袷一枚に、皺くちゃのハンチングという扮装で、何も云わずに、プイとどこかへ出て行った。 一人取残された私は、松村の其後の行動について、色々想像を廻らした。 そして独りほくそ笑んでいる内に、いつか、うとうとと夢路に入った。 暫くして松村が帰って来たのを、夢現に覚えていたが、それからは、何も知らずに、グッスリと朝まで寝込んで了ったのである。 随分寝坊の私は、十時頃でもあったろうか、眼を醒して見ると、枕頭に妙なものが立っているのに驚かされた。 というのは、そこには、縞(しま)の着物に角帯を締めて、紺の前垂れをつけた一人の商人風の男が、一寸した風呂敷包を背負って立っていたのである。 「なにを妙な顔をしているんだ。俺だよ」 驚いたことには、その男が、松村武の声を以て、こういったのである。 よくよく見ると、それは如何にも松村に相違ないのだが、服装がまるで変っていたので、私は暫くの間、何が何だか、訳がわからなかったのである。 「どうしたんだ。風呂敷包なんか背負って。それに、そのなりはなんだ。俺はどこの番頭さんかと思った」
「シッ、シッ、大きな声だなあ」松村は両手で抑えつける様な恰好をして、囁(ささや)く様な小声で、「大変なお土産を持って来たよ」
というのである。
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