(638字。目安の読了時間:2分)
彼は、この二枚の紙片れを、熱心に比較研究している様であった。 そして、鉛筆を以て、新聞紙の余白に、何か書いては消し、書いては消していた。 そんなことをしている間に、電燈が点いたり、表通りを豆腐屋のラッパが通過ぎたり、縁日にでも行くらしい人通りが、暫く続いたり、それが途絶えると、支那蕎麦屋の哀れげなチャルメラの音が聞えたりして、いつの間にか夜が更けたのである。 それでも松村は、食事さえ忘れて、この妙な仕事に没頭していた。 私は黙って、自分の床を敷いて、ゴロリ横になると、退屈にも、一度読んだ講談を、更らに読み返しでもする外はなかったのである。 「君、東京地図はなかったかしら」 突然、松村がこういって、私の方を振向いた。 「サア、そんなものはないだろう。下のお上さんにでも聞いて見たらどうだ」 「ウン、そうだな」 彼は直ぐに立上って、ギシギシいう梯子段を下へ降りて行ったが、軈て、一枚の折目から破れ相になった東京地図を借りて来た。 そして、又机の前に坐ると、熱心な研究を続けるのであった。 私は益々募る好奇心を以て彼の様子を眺めていた。 下の時計が九時を打った。 松村は、長い間の研究が、一段落を告げたと見えて、机の前から立上って私の枕頭へ坐った。 そして少し言いにく相に、 「君、一寸、十円ばかり出して呉れないか」 と云うのだ。 私は、松村のこの不思議な挙動については、読者にはまだ明してない所の、私丈けの深い興味を持っていた。
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