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ところで君が詳しいというのなら、も少しあの煙草屋のことを話さないか」 「ウン、話してもいい。爺さんと婆さんとの間に一人の娘がある。俺は一度か二度その娘を見かけたが、そう悪くない容色だぜ。それがなんでも、監獄の差入屋とかへ嫁いているという話だ。その差入屋が相当に暮しているので、その仕送りで、あの不景気な煙草屋も、つぶれないで、どうかこうかやっているのだと、いつか婆さんが話していたっけ。……」 こう、私が煙草屋に関する知識について話し始めた時に、驚いたことには、それを話して呉れと頼んで置きながら、もう聞き度くないと云わぬばかりに、松村武が立上ったのである。 そして、広くもない座敷を、隅から隅へ丁度動物園の熊の様に、ノソリノソリと歩き始めたのである。 私共は、二人共、日頃から随分気まぐれな方であった。 話の間に突然立上るなどは、そう珍しいことでもなかった。 けれども、この場合の松村の態度は、私をして沈黙せしめた程も、変っていたのである。 松村はそうして、部屋の中をあっちへ行ったり、こっちへ行ったり、約三十分位歩き廻っていた。 私は黙って、一種の興味を以て、それを眺めていた。 その光景は、若し傍観者があって、之(これ)を見たら、余程狂気じみたものであったに相違ないのである。 そうこうする内に、私は腹が減って来たのである。 丁度夕食時分ではあったし、湯に入った私は余計に腹が減った様が気がしたのである。 そこで、まだ狂気じみた歩行を続けている松村に、飯屋に行かぬかと勧めて見た所が、「済まないが、君一人で行って呉れ」という返事だ。
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