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斯様にして、一週間は過ぎたけれども賊は挙がらない。 もう絶望かと思われた。 彼の泥坊が、何か他の罪をでも犯して挙げられるのを待つより外はないかと思われた。 工場の事務所からは、其筋の怠慢を責める様に、毎日毎日警察署へ電話がかかった。 署長は自分の罪ででもある様に頭を悩した。 そうした絶望状態の中に、一人の、同じ署に属する刑事が、市内の煙草屋の店を、一軒ずつ、丹念に歩き廻っていた。 市内には、舶来の煙草を一通り備付けていようという煙草屋が、各区に、多いのは数十軒、少い所でも十軒内外はあった。 刑事は殆(ほとん)どそれを廻り尽して、今は、山の手の牛込と四谷の区内が残っているばかりであった。 今日はこの両区を廻って、それで目的を果さなかったら、もう愈々(いよいよ)絶望だと思った刑事は、富鬮の当り番号を読む時の様な、楽しみとも恐れともつかぬ感情を以て、テクテク歩いていた。 時々交番の前で立止っては、巡査に煙草店の所在を聞訊しながら、テクテクと歩いていた。 刑事の頭の中は FIGARO. FIGARO. FIGARO. と埃及煙草の名前で一杯になっていた。 ところが、牛込の神楽坂に一軒ある煙草店を尋ねる積りで、飯田橋の電車停留所から神楽坂下へ向って、あの大通りを歩いている時であった。 刑事は、一軒の旅館の前で、フト立止ったのである。 というのは、その旅館の前の、下水の蓋を兼ねた、御影石の敷石の上に、余程注意深い人でなければ、眼にとまらない様な、一つの煙草の吸殻が落ちていた。
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