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上 「あの泥坊が羨しい」二人の間にこんな言葉が交される程、其頃は窮迫していた。 場末の貧弱な下駄屋の二階の、ただ一間しかない六畳に、一閑張りの破れ机を二つ並べて、松村武とこの私とが、変な空想ばかり逞(たくま)しゅうして、ゴロゴロしていた頃のお話である。 もう何もかも行詰って了って、動きの取れなかった二人は、丁度その頃世間を騒がせた大泥坊の、巧みなやり口を羨む様な、さもしい心持になっていた。 その泥坊事件というのが、このお話の本筋に大関係を持っているので、茲(ここ)にザッとそれをお話して置くことにする。 芝区のさる大きな電気工場の職工給料日当日の出来事であった。 十数名の賃銀計算係が、一万に近い職工のタイム・カードから、夫々一ヶ月の賃銀を計算して、山と積まれた給料袋の中へ、当日銀行から引出された、一番の支那鞄に一杯もあろうという、二十円、十円、五円などの紙幣を汗だくになって詰込んでいる最中に、事務所の玄関へ一人の紳士が訪れた。 受付の女が来意を尋ねると、私は朝日新聞の記者であるが、支配人に一寸お眼にかかり度いという。 そこで女が、東京朝日新聞社会部記者と肩書のある名刺を持って、支配人にこの事を通じた。 幸なことには、この支配人は、新聞記者操縦法がうまいことを、一つの自慢にしている男であった。 のみならず、新聞記者を相手に、法螺を吹いたり、自分の話が何々氏談などとして、新聞に載せられたりすることは、大人気ないとは思いながら、誰しも悪い気持はしないものである。
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