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あのコップは別に大したものじゃなかったんだろうね。」 翌朝になると、天気は恢復した。 僕等が停車場へ馬車を駆った時には、水色の夏空が頭上に笑っていた。 告別は短かかった。 僕が幸福を祈ると、くれぐれも幸福を祈ると、彼は黙って僕の手を握った。 胸を張って、大きな展望窓に立っている彼の姿を、僕は長い間、見送っていた。 彼の眼には、深いまじめさがあった――そうして勝利が。 僕はこの上、なにをいうことがあろう。 ――彼は死んだ。 婚礼の翌朝――いや、ほとんどその当夜に死んだのである。 これはそうなるのが当然だった。 彼がこんなに長い間、死を征服してきたのは、ただひとえに意志の――幸福への意志のおかげではなかったのか。 その幸福への意志が充足させられた時、彼は死ぬよりほかはなかった。 争闘も抵抗もなく、死ぬよりほかはなかった。 彼はもはや生きるための口実を失ってしまったのである。 僕は彼が悪いことをしたのではないか、縁を結んだ女に対して、知りながら悪いことをしたのではないか、と自ら問うてみた。 しかし彼の葬式の時、彼女が棺の枕がみに立っているところを見たら、彼女の顔にもまた、彼の顔に見出したと同じ表情――勝利のおごそかな強いまじめさが認められた。
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