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しかし娘は反対な桃花村をながめ、そこへ心はふしぎに憧れた。 けれども何故かそう嘘をつかなければならなかった。 「お前はわたしのそばに居なくともよいのだ。お前の好きなところへ、そして勇ましく出て行ってくれ。」 眠元朗は娘を渚へつれて行ってそう言うと、不意に舟を渚から水の上へ辷り出させた。 湖水の上には青い竜のような影をひいた日の光が、ななめに桃花村へ向いて、金色の巨鱗を打ちひろげていた。 「いえ、お父さまそんなことをなさいますと、あとでお母さまがお怨みなさいますわ。」 「誰も怨まないのだ――さあ、お乗り! そしてお前の手のつづくかぎり漕いで行くんです。」 娘はしかたなく船に乗りうつったときに、舟は父の手によって水の上へ辷り出された。 青い竜のかげは乱れた。 舟は白い小さい手によって漕がれた。 ――娘はそのときこれまでにないはっきりした顔をして、そして鋭い嬉しそうな声をあげた。 「もう行ってもようございますの。」 「いいとも……お前は何という嬉しい顔をしているだろう。」 父親の声はさすがに寂しくかすれていた。 「え、わたし嬉しくて――ではお父さまお大切になさいまし。」 眠元朗はしゃがんで、走る娘の舟を見つめた。 舟は桃花村のある方へ白い水脈をひいて、目ぐるわしく迸(はし)った。 眠元朗の目は湿うてその弄ぶ砂は手のひらを力なげにこぼれた。
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