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が、誰も何も言わなかった。 夜とともに濃くなる褐色の空気はこの家も砂原も、そうして湖の上まで飴のように固めてしまっていた。 四 娘は父親と渚をあるきながら其処に乱れている美しい貝殻を手に拾い、そして温んだ湖水がおりおり足を洗うのに、心から興じていた。 「こんなに温かくなると、貝殻までが沖へ向って帆を立てるように、みんな起き上っているようですわね。ほらこんなに片っ方の貝が開いているんですもの。」 「なるほど、みんな片貝を立てているようだね。」 眠元朗は寄せられた貝殻や、蜆に似てまだ生きているこの不思議な生きものにも、温かい湖水へ向って何かを憧れているようにも思われた。 「お前あれが見えるかね。今朝はあんなに美しい色をして露ばんで、まるで真紅じゃないか? そして影が長くつづいているのが見えないか。」 「さっきからわたし見ていますの、ひとりでお父さまにもこっそりと黙って行ってみたい気がいたしますわ。」 眠元朗はもう燃えるだけで燃えきった桃花村が、これ以上美しくなることがないだろうと思われるくらい、燎爛(りょうらん)とした王城を形づくっているのを見まもった。 「では一人で思い立って行ったらいいじゃないか? 何も父さまにそんなに遠慮しなくともいいではないか。」 「けれども……。」 娘は憂わしげな眼で父親をそっと穏やかに見上げた。 「わたしが彼処へ行ってしまったら、既うそれきりになって帰って来ないような気がしますもの。
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