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が、つぎの一瞬にはきわめて穏やかにかれは娘の肩をなでた。 そしてしっかり小さいからだを抱いた。 「お前は父さん一人を置いてきぼりにしないでくれ。見なさいお父さんはこんな道を歩くのにも胸がさわいで苦しくなってくるのだ。」 娘の手のひらには、そうぞうしい或る雑音が心臓から感じられた。 そして烈しい息切れがした。 ――娘はふと何気なく父の顔を目に入れると、そこには弛(ゆる)んだ村老の落ち窪んだ力のない眼の光があった。 娘は父親がともすると頼りない足もとで、よろよろ坂を下りるのを今更らのように見戍った。 「お父さまはこのごろ急に弱りなさいましたのね。以前にはこんなではなかったんですが。」 眠元朗は黙って、心で既う娘にもそう見えるかなと思うと、それが得も言われず温かい気もちになったが、また反対にがっくりと腰が折れ込んだような気もした。 「お父さんは一人であるときは元気があるのだ。しかしお前と一しょにいると、いつの間にかお前の若さに負けてしまってよろよろするのだ。」 「どうしてでしょうか?」 「さあ、――。」 眠元朗は何故か返辞ができなかった。 ――かれらは砂原の上へ出た。 褐色の木とその色からできた家の窓のそばに母親はいたが、眠元朗と娘とをみると、あわてて家の前へ出た。 ――母親の顔にも退窟な夜の疲れがぼんやりあらわれていた。 かれらが卓子に向い合っても、徒らに静かな夜はゆっくりと目に立たぬ程度で廻転っているらしかった。
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