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紫と灰色との縞状の色合いを曳いた砂原には、その家以外に何一つ明りらしいものがなかった。 「お前は自分を美しいとでも思って、それゆえああして影をうつして話をしているのかね、お前にはわたしや母親がいるではないか。」 眠元朗は黙っている娘が、すき間さえあれば父と母との目から離れて行って、そして何かひとりで考えごとをしているのを思い当てて、物に躓(つまず)いたような軽い驚きをかんじた。 「けれども……。」娘ははにかんでいたが、思い切って、「わたし時々ひとりでいたいんですの。わたしは美しいと思ったことがないんですけれど……。」 眠元朗は低い湿り気のある娘のこえを哀れにかんじた。 「お前はまだお前の外に美しいものを見たことがないから――お前はもう父や母のそばにいたくないのかも知れない、お前のような年頃にはそんなことがよくあるものだ。」 「いえ、わたしは何時までもいたいんです。そんなことを言わないでくださいね。」 眠元朗は岩壁の坂を下りながら、突然劇しい寂寞の感に襲われた。 この娘も間もなく自分をはなれた生活をしようとしている。 自分が厭うた遠い世の暮しを外からではなく、内部からぞくぞくと叫び出そうとしている。 ――眠元朗は脇の下にある娘の手のまんまるさを感じた。 それは異体の知れない恐怖に似た感じだった。 かれはその瞬間に一足飛びにかれはかれ自身の、まだ弱りきれない遠い世の彼の引続いた感情を見た。
が、つぎの一瞬にはきわめて穏やかにかれは娘の肩をなでた。
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