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2021-03-20

みずうみ(20/31)

(627字。目安の読了時間:2分)

――全くそれは女の姿であった。  彼女はうしろ向きになって、髪をすきながら己が姿をこの清い水たまりに映していた。 その白い頸首にも、その露き出した肘さきにも、まんまるい処女らしい円みとほたほたする肉附があった。 灰色めいた明りはうすいながらも、その女の姿を水の上にうつすには充分で、何か夜のうちに咲いてしまう重い白いたわわな花のように見えた。 ――かれがなお一歩近づいたときに、水の上にうつっている顔を見出して、愕然とした。 ――同時にその水の中にある顔もすぐそのかげを水の上から消した。 「まあ、お父さま!」  眠元朗はあわてて赧(あか)らんで胸をつくろう娘を見た。 「お前どうして今時分こんなところへ来ているのか?」  娘は父親のそばへ来て、やっと安心をしたような息づかいをした。 「わたしいつもこの水たまりへまいりますの。此処へくるとわたしお話しができるものですから。」 「誰と?」  娘は目を伏せて羞かしそうに微笑って見せた。 「水の中の人と?」 「お前のかげとかね。」  眠元朗は娘をはじめて女として見るような気になった。 ――なおかれの眼底を去らないのは、先刻見た女としての娘だった。 「さあ下りよう、お母さまはきっと寂しがっているだろうから。」  一軒きりの燈影は、ここからは微かなあるかないかの明りの中にあった。 紫と灰色との縞状の色合いを曳いた砂原には、その家以外に何一つ明りらしいものがなかった。

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