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その瞬間であった、或る三角形に引裂れた紙片のようなもののなかに、かれはかれのいた遠い世の雑音と白い多くの建物の町のつらなりが、さまざまな旗や色彩の濃い看板とともに、ちょうど古い都会の見取図のように目にうつった。 「あれらは決して夜ではない――あれらほど正確なものはなかったに違いない。」 かれの眼底にはなお紙片は去らずに、その青い窓のある家々の扉を開いて、扉の内部にあるあの世の平和と静謐と規律と、そうして其処にある人物を描いて見せた。 かれはその人物がいかなる人物であったかということにも、しずかに心を動かせることができた。 全くあれらの生活は眠元朗にはやはり退窟と倦怠と息づまりをあたえたに過ぎなかったのに、いまはどんなにこの三角形の紙片が珍らしく眺められることであろう、――しかし結局あの遠い世も今のかれのいる世も、一しょなものであって、それは別々に考えるものでないかも知れないと思われた。 かれは岩壁の上に立って行った。 そして灰だみた遠方に己が住む家の燈影をながめた。 「あれか、おれのいる家は?」 かれは微笑んで、己が家をふりかえって見た。 燈火は一つきり窓のそとに漏れているばかりで、あたりは荒涼とした砂丘でなければ砂山のつらなりで、砂山のてっぺんが年古くなったせいか、夜ぞらに擦れてうすい明りをもつ燐(りん)のように、ちらちら光って見えた。 眠元朗は、ふりかえってなお岩壁をも一層高みへ上ろうとしたときに、かれはそれにのみある清澄な水溜りのふちに佇(たたず)んでいる女の姿を見た。 ――全くそれは女の姿であった。
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