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父親もその手を娘の胸の上に置いた。 何という匂い深く謹んだ花のような息づかいであったろう――眠元朗は掌につたわる息づかいを一弁ずつほぐれる花にも増して、やさしく心悲しく感じた。 「お父さま、聞えて……。」 「あ、きこえる。」 母親はあちらむきになって、唏(な)きながらいた。 なぜか彼女には目の前にずり落ちて来た世界が、煉瓦や白い建物や町や、彼女の父母や友達や、それから一そう悲しげな夫の女友達なぞが、一枚の絵を半分だけ引き裂いて目の前に叩きつけられたように、パラリと吊されてひらひらしているように思われた。 ――そういうとき母親は娘のことを忘れていはしなかったか? いや、それよりも騒々しい夕方の町のぞよめきの中に、なぜ夫である眠元朗があちゆき此方ゆきしているかを見なければならなかったか。 ドアが半分開いていて、白い砂の肌が一そう白く、一そう震えた青みを雑えていた。 そして窓からはなれた眠元朗がその入口から、しずかに這入って来たのである。 「ドアをしめるな。」 三人が食卓に向ったときに、灰褐色のふしぎな家のまわりに、同じい蒼みある灰色の光が一杯に閉じ込めていた。 そして誰かがその四角な小窓から眼を室内へうつしたら、そこになぜ三つの影があったかということに驚くにちがいない――。 かれが再び卓についたときに、睡眠よりもっと静かな娘のこえがこの二人の前にいくども囁やかれた。
「話して下さいな――おねがいでございますから。」
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