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二人は肩をならべ歩き出したときに、眠元朗も立ちあがった。 そして先きになった二人の姿を目に入れた。 が、別に趁(お)うこともしなかったが、かれらの歩いた砂の上の足あとを、一つは大きく一つは小さい優しい足音を、己れのそれに踏みあてとぼとぼと歩いて行った。 小さい見すぼらしい灰褐色のみで造られたような家――に、なお灰色の釣らんぷが卵黄のようにぼやけて灯れ、その影が歪んだ窓さきから白い砂の上に落ちていた。 母親と娘は窓ぎわへ寄って眠元朗の姿がしだいに近づくのを待った。 「お母さま、どうしてお父さまは興味くなさそうにしていらっしゃるんでしょう。わたしそれが気になってならないんですよ。」 母親は砂の上に夕闇とはもっと濃い影をひいて歩いてくる父親の垂れた手と、うつ向きがちな顔とを目に入れた。 「あれはお父さんの、ずっとむかしからなさる癖なんですよ。――しかし此処にまで来てなおああも寂しそうに考え込んで居らっしゃろうとは思わなかった。――そういう考えることはわたしだちは一度に棄ててしまったんですけれど……。」 娘はふしぎそうに母親を見た。 「どうして考えることを母さまはお棄てになったの――でも、やはり毎日なにかお考えになっていらっしゃるじゃありませんか。」 「それは……。」母親は溜息をついた。 「それは何も彼もすっかりこの世間のことが新しくなって、わたしだちは何時の間にか三人きりになってしまったときにも、やはりわたしだちは種々なことを考えなければならなかったことに気が付いたんですもの――お父さまだってむかしと渝(かわ)らない、渝ったものはこんな湖べりに来ただけですもの。」
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