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娘は自分のすぐ顔のちかくに、父と母との顔をこんなにまで近く、しかも訝(いぶか)しく眺めたことがなかった。 かれらが互いに何かの変化がその表情にないかという問いを、娘が再び頭のなかで働かしたときに、思いがけない母親の眼を見た。 それは父親に対って何かを咎(とが)めているようなけわしい色をしていた。 ――そして父親は父親でまだ見たこともない悲しげな眼色をしていたからである。 娘はそういう父と母との間に、自分の心がひとりで脅やかされ縮むような気がした。 そして何時もならそのどちらかの胸に飛びつくのであるが、きょうはどちらへも抱きつく気にはなれなかった。 そういうことをしてはならない気も交っていたのである。 ――娘は生れてはじめて二人のそばを離れたところで、そしてうしろ向きになって泣き出した。 「母さまが悪かった、――お前が悪いのではない……。」 暫らく経ってから母親は娘を抱きすくめ、そして髪をなでながら優しく言った。 娘は一そう悲しくなって泣き出した。 「母さま、なぜお父さまとああいう目付をなさいますの。わたしあんなときに、どこかで、ああいう眼をいくどもいくども見たことがあるような気がして、それを考えようとして、考えあてられなくて辛い気がいたしますの。」 母親は娘の目を見た。 そしてはっきりした声で 「それはお前の考えちがいですよ、あんないやらしい諍(いさか)いはわたしだちは今日はじめてしたんですよ、それをお前が見たことがあるなんてことはありません。」
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