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わたしだちの眠っている間に、――ひどいわ、そんなことを為すっちゃ――。」 眠元朗はあたまを掻いて、娘の手の甲をぴちゃぴちゃ叩きながら微笑った。 「そりゃお父さんがわるかった、まあ、がまんして呉れ。」 眠元朗は娘の肩ごしに、ふと女を見た。 そのとき何年にも見たことがない――そう、ずっと古くに見たことのある女の顔が、いつの間にか今の表情に入れかわっているのを驚いて見た。 この平明なくらしのなかで今までにこの女が、このような顔をしたことがなかった。 「お前は眠っている間に大そう顔貌が変った、まるで別人のようだ。」 「いいえ、それよりもあなたのお顔もかわっていらっしゃいますわ、いつものようではございません。」 眠元朗はあわてて自分の顔に両手を遣ってみた。 そして女があんなにまで穏やかな眼をしていたのに、いまの変りようはどうだろう――眠元朗はこんどは娘の方をふり向いて見たが、しなやかな顔つきはのびのびとそれ自身夢のように静まり、瞳はまんまるく美しい白味にまもられ、艶やかに微笑っていた。 「お父さんの顔がへいぜいとは違って見えるかね、それをよく見て話してくれ。」 「いえ、お父さま、」 娘はあたまを振ってみせた。 ――母親も娘にちかづいて、同じことを娘に問いただしたが、娘はやはり変ったところがないと言ってほそぼそとおかしそうに微笑った。 「まあ、おかしなお母さま、――おふたりともどうかなすったのね。」 娘は自分のすぐ顔のちかくに、父と母との顔をこんなにまで近く、しかも訝(いぶか)しく眺めたことがなかった。
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