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「お父さま、なぜお母さまはあの村のことを話すると、あんなに寂しい顔をなさるのでしょうかね。」 娘は父の膝の上に手を置いて、うっとりと村の方に見とれながら言った。 ――が、父親の返辞がないので、何心なくふりかえって見ると、眠元朗は悒悒(ゆうゆう)した眼で何か考え深んでいるらしかった。 ――その眼の表情はいつか母親の眼の上にもあった表情だ。 娘はこのふしぎな父母の表情が期せずして二人とも同じく陰気で、同じい頼りなげな光を見せているのに、ひそかに心で驚いた。 「わたしそれが分らないもんですから……。」娘は父親の胸のあたりの着物をなでながら、あまえた中にうっすりと悲しげな皺のある声で言った。 「それはお父さんにもよくわからないことなんだ。――だが、お前はそんなことを知ろうとしてはいけない。」 いや、知ろうとする気になるまで、誰がそういう心にならせたのであろう、眠元朗はあんなにまで清浄な心でいた娘が、いつの間にか父と母の心の斑点に、優しい爪を立て始めたのであろうと思った。 「やはり黙っていなければならないんでございますか。」 娘はしくしく泣きはじめた。 父親の膝の上に――眠元朗はその娘の髪の上に自分の手を置いて、悲しげに桃花村を罩(たちこ)めている紅霞をながめた。 そういう父の眼に何が映ったか? 娘はただ凝乎としているばかりで、何をも知らなかった。 知ろうとすることが自然に誰からも許されようとはしなかった。 ――そのとき娘はぼんやりした夢のなかを彷徨(ほうこう)するような父親のこえを聞いた。
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