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娘はそう母親を呼びかけて、「わたしあの村へ行って見たい気がしますの。」と瞳をいきらせて言った。 が、母親の返辞は意外にも娘の耳もとに、曾(か)つて聞いたことがないほど冷たくむしろ意地悪くきこえた。 「いいえ、あそこへ行ってはなりません。あそこはお前のような綺麗な心を有っているものの行くところではありません。」 「どうしてでしょう。――それに、わたしはそう綺麗な心をもっていはしないんでございますけれど……。」 娘はふと母親の顔を見たが、すっかり顔色が硬ばって蒼褪(あおざ)めているのを、この上ない恐ろしいものに眺めた。 「お前は再度とあの桃花村のことを言い出さないで頂戴。ね、そしてそれを母さまに誓ってくれるでしょうね。」 「ええ。」 「母さんの大切なお前だから――そちらを向いてはなりません。それにもう泣かないでもいいのだろう。」 娘は母親の手を肩さきに感じながら、自分の言い出したことが母親を苦しめたことを悔んで、そして泣きしずんでいた。 ―― その日から娘は母親とその村のことを話し出したりすることを止めた。 にも拘わらず父親は桃花村のことを口にすると、いつも機嫌がよかった。 いまも眠元朗は静かではあるが熱のある目付で、うすあかい、渚に打ちあげられた、美しい貝殻の列のような村落を眺めていたからである。 「お父さま、なぜお母さまはあの村のことを話すると、あんなに寂しい顔をなさるのでしょうかね。」
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