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娘はつとめて微笑おうとしたが、なぜか窮屈な硬ばりをおのれの顔にかんじた。 ――父はかならず自分の微笑いがおを見ることを望んでいるだろうと思ったが、やはり微笑えなかった。 しばらくしてから、弱々しい娘の顔はもとのように晴れかかってすこしの曇りのない色に戻った。 父はそれを静乎と眺めていたが、やっと落着いてそして娘に言った。 「お父さんは何も分らないお前に分って貰おうとしたことは悪かった。」 かれはそういうと、又黙って桃花村の方を波の間に間に、ほんのりと染った色をくるしげに眺めた。 ――父は黙って、その桃花村を指してあれを見よと娘に言った。 「まあ、一日ずつ紅くなってまいりますのね。」 「あのなかに白い四角なものがあるだろう、あれは何のためにあるのかお前は知っているかね。」 「いいえ。」 「あそこにわれわれと同じい人間がいるんだよ、お前は知らないけれど……。」 娘はその美しい桃花村一帯のかげが、湖べりに映ってきらきら耀いているのを眺めていたが、べつに何とも言わなかった。 ――そこへは遠くもあり父にしても母にしても、まだ行ったことのないらしいところだった。 ――或る波の穏やかな日に、娘は母おやと一しょに舟に乗って、湖心に近い、紫色の島の影のしているところに居た。 ――そのとき母親と娘との眼路の果に、まだ春浅い茜いろに燻(いぶ)されたような桃花村が静かすぎる空につづいて長閑げに見えた。 「お母さま。」 娘はそう母親を呼びかけて、「わたしあの村へ行って見たい気がしますの。」
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