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娘はそういうと黙っている眠元朗をかえり見た。 眠元朗は心のかたくななのに暫らく沈みこんでいた。 「お父さまがお喜びになるなら、わたしお父さまが好きだと言ってもいいわ。」 眠元朗は返辞をしないで、桃花村のある島の向うに眼を漂わせていた。 それは娘の返辞のそれから鬱ぎ込んだのではなく、きゅうにやはり詰らない退屈さと所詮なささが、唐突にかれを心から脅かしたからである。 自分の考えている事や、自分の今在るということ、そして妻のことなどがかれをかれの永い間持ち腐らせている悒鬱にまで追い込んだのである。 ――かれはそういうとき物を言うこと、又聞くことを厭(いと)うた。 かれは自身でどうにもならないと知りながら、己れも心をくさらせることを悟っても、やはり自分の中でのみ住んでいた。 「お父さま、そんな顔をなさいますと、わたしきゅうに恐くなってまいりますの、おねがいですからそんな顔をしないでくださいな。」 娘の顔は美しいなりでその美しさが悲しそうに変化ってゆきそうだった。 その移りかわりがあまりにあざやかに眠元朗の目にうつり過ぎたため、かれは危ないものをうしろから抱きとめるように、もとのように穏やかな心になろうとした。 「これはお父さまのくせなんだから、気にかけないでくれ、――もう、こわくはないだろう。」 「けれども……。」 娘はつとめて微笑おうとしたが、なぜか窮屈な硬ばりをおのれの顔にかんじた。
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