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――それに晴れると白魚がたくさん群れて岸へあつまってくるのも不思議だ。」 眠元朗は纜をといてから、舟を渚から少しずつ辷(すべ)り出させた。 引き波の隙間をねらって、舟はふうわりと白い鴨のように水の上を辷った。 眠元朗は水馴棹を把った。 たらたらする油ながしの雫(しずく)は棹の裏を縫うて、静かな湖面に波紋をつくった。 「お母さまが入らっしゃらないのに、舟を出しちゃわるうございますわ。」 「出しはしないんだよ。」 「でも気になるんですもの。いつかのようにどんどん舟を出しておしまいなさるかも分らないんですもの。――わたしお父さまのなさることを後ではらはら思うことが沢山ありますの。何日のように出さないって言っていらしたくせに、とうとう島までおやりなすった――。」 眠元朗はひとりで微笑いながら、棹を一とさしずつ辷らせた。 「そうあの日は島まで漕いでしまったが、――あとでお母さんが来られないことが分ったじゃないか。」 「ご遠慮なすったのよ、このごろはお母さまは舟に乗ることをお喜びにならないようですわ。わたしなんだかそんな気がしますの。」 「舟に乗ることを喜ばないって――お前にそれが分るのかね。」 「きょうも急ぐには入らっしゃらなかったことから考えても、そう思われますもの。」 片手を水の上にひたせ、水をなぶっている繊指は、立っている父親の眼の下にあった。 そろえた膝と小さな足――こまかいことを考えることに秀でた頭には、煙った髪がさらさらと肩まで垂れている。
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