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車を走らせている御者がただひとりそばにいるだけで、ほかにはだれもついていませんでした。月のほかにはだれも。墓地の塀の近くの片隅に、自殺者は埋められました。そこには、やがていらくさがはびこることでしょう。墓掘りの男はほかの墓から抜き取ったいばらや雑草を、そこに投げすてることでしょう」 [#改ページ] 第二十夜 「ローマから、わたしは来ました」と、月が言いました。 「あの都のまん中にある七つの丘の一つに、皇帝宮の廃墟があります。野生のイチジクが壁の裂目から生えでて、広い灰緑色の葉で壁の素肌をおおっています。砂利の積みかさなったあいだで、ろばが緑の月桂樹の垣の上を歩いて、やせたアザミを喜んで食べています。かつては、ここからローマの鷲(わし)たちが飛び出して、『来た、見た、勝った』と言ったものです。それがいまでは、こわれた二つの大理石の円柱のあいだに粘土でこしらえた小さなみすぼらしい家を通って、入口がついているのです。ブドウの蔓(つる)がかたむいた窓の上に、葬式の花輪のようにまつわりさがっています。 ひとりの老婆が小さい孫娘といっしょにそこに住んでいて、いまこの皇帝宮を支配しています。そしてよそから来る人たちに、ここに埋もれている宝を見せているのです。りっぱな玉座の間には、ただ裸の壁が残っているだけで、黒い糸杉がむかし玉座のあったところをその長い影でさし示しています。土がこわれた床の上に、うず高くつもっています。いまはこの皇帝宮の娘である小さい少女が、夕べの鐘の鳴りひびくころ、よくそこの低い小さな椅子に腰かけています。すぐそばにある扉の鍵穴を、この子は露台と呼んでいます。その穴からのぞくと、ローマの半分を、聖ペテロ寺院の大きな円屋根までも見わたすことができるのです。 今夜も、そこはいつものように静かでした。そして下のほうに、わたしの輝く光をいっぱいに受けて、この小さい少女が出てきました。
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