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かつては、この廊下には身分の高い貴族しか足を踏み入れることができなかったものです。 深い井戸からか、それとも溜息の橋のそばの牢獄からか、一つの溜息が聞えてきます。そのむかしには、色あざやかなゴンドラの上でタンバリンの音がひびき、婚約の指輪が輝かしい総督の船ブーチントロから海の女王アドリアへ投げこまれたのです。アドリアよ、おまえの身を霧の中につつみなさい! 寡婦のベールをもって、おまえの胸をおおいなさい! そしてそれを、おまえの花婿の御陵の上に、幽霊のような大理石の都ベネチアの上にかけなさい!」 [#改ページ] 第十九夜 「わたしはある大きな劇場を見おろしました」と、月が言いました。 「その劇場は見物人でいっぱいでした。というのは、新しい俳優が初舞台をふむことになっていたからです。わたしの光は壁にある小さな窓の上をすべって行きました。すると、化粧をした一つの顔がひたいを窓ガラスに押しつけていました。それがその晩の主人公だったのです。騎士らしいひげが、あごのまわりにちぢれていましたが、その男の眼には涙がたまっていました。それもそのはず、人々から口笛でののしられて、舞台を引き下がってきたばかりだったのです。もっとも、ののしられても仕方がありません。あわれな男です! 才能のない者は芸術の世界では辛抱されるわけにはいかないのです。 この男は物事を深く感じもしましたし、感激をもって芸術を愛しもしました。けれども、芸術のほうではこの男を愛してくれませんでした。――舞台監督の鳴らすベルが鳴りひびきました。――大胆に勇気凜然と主人公登場、と役割書には書いてありました――この男は、いま自分をあざけり笑った見物人の前に出なければなりませんでした。―― この芝居が終ったとき、わたしはひとりの男がマントにくるまって、階段をこっそり降りて行くのを見ました。
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