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広い階段の前に高い祭壇があって、円柱のあいだに生えているしだれヤナギはいきいきとしていました。空気はすきとおって碧色をしていました。背景にはベスビオの山が黒々とそびえていて、そこから噴きでる火は笠松の幹のように立ちのぼっていました。煙の雲が夜の静けさの中に照らしだされて、笠松のこずえのように、血のように赤くひろがっていました。 この一団の中にひとりの歌姫がいました。この歌姫はほんとうにすぐれた声楽家で、わたしはヨーロッパの大都会でこの人がほめそやされているのを見たことがあります。人々が悲劇の劇場に近づいたとき、みんなは円形劇場の石の段の上にすわりました。こうして数千年前と同じように、ふたたびこの劇場のわずかな場所が人々に占められたのです。舞台はまだ昔のままになっていました。壁を塗った側面と、背景に二つのアーチがあって、そこから以前の時代と同じ装飾が見えました。つまりそれは自然そのもののことで、ソレントとアマルフィのあいだの山々です。 歌姫はたわむれに古代の舞台に上がって歌いました。この場所が霊感を与えたのです。わたしは思わずも、鼻息あらく、たてがみをなびかせつつ走り去るアラビアの野馬を思いださずにはいられませんでした。歌姫の歌には、ちょうどそれと同じ軽やかさと確かさとがありました。またわたしは、ゴルゴタの丘の十字架の下で苦しみ悩む母親のことを思わずにはいられませんでした。ちょうどそれと同じ心にしみ入る、深い苦痛が現われていました。そしてあたりには、数千年の昔と同じように、ふたたび拍手と歓呼の声がひびきわたりました。 『しあわせな人! すばらしい才能にめぐまれた人!』と、みんなは歓声をあげました。 三分後には舞台は空になりました。すべてが去りました。もう物音一つ聞えなくなりました。あの一団は歩み去ったのです。
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