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ですから、その男の妻は、後になって死人のからだにさわらないでもいいように、夫のからだのまわりに皮の衣をしっかりと縫いつけて、たずねました。 『あんたは、あの岩の上の固い雪の中に埋めてもらいたいの? それならわたしは、そこをあんたのカヤックとあんたの矢で飾ってあげるよ。アンゲコックがその上を踊ってくれるだろうよ。それとも、海の中へ沈めてもらいたい?』 『海の中へ』と、男はささやいて、悲しげな微笑を浮べながら、うなずきました。 『あそこは気持のいい夏のテントだからね』と、妻は言いました。『あそこなら海豹も何千となく跳びはねているし、足もとには海象がねむっているんだもの。漁はたしかで、おもしろいにちがいないわ!』 それから、子供たちは泣き悲しみながら、窓に張ってあった皮を引きちぎりました。こうして瀕死の病人を海へ、大波のうねっている海へ、連れだそうというのです。その海こそは、生きているあいだはこの男に食べ物を与え、いまは、死んでから後の安息を与えるのです。墓標となるのは、夜となく昼となくたえず変化しながら、ただよっている氷山です。その氷塊の上では海豹がまどろみ、海つばめはその上を飛びこえて行くのです」 [#改ページ] 第十夜 「わたしはひとりの老嬢を知っていました」と、月が言いました。 「この人は冬になると、いつも黄色いしゅすの外套を着ていましたが、それはきまって新しいものでした。それがこの人にとっての、ただ一つの流行だったのです。夏には、いつも同じ麦わら帽子をかぶっていました。そして、同じ青灰色の着物をきていたような気がします。 この人は通りをへだてた向いにいる、ひとりの年とった女友だちのところへ出かけて行くだけでした。けれども、その友だちも死んでしまいましたので、去年はそれさえもしませんでした。
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