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ロメオが露台の上によじのぼって、まことの愛の接吻が天使の思いのように天へとのぼって行ったとき、まるい月は黒い糸杉のあいだに半ばかくれて、澄みきった空に浮んでいたこともあるのです。 また、セント・ヘレナの島に幽閉された英雄が、荒寥たる岩頭に立って、胸に雄志を抱きながら大海原をながめやっている姿を見たこともあるのです。 そうです、月にとって話せないようなことが何かあるでしょうか! この世界の生活は、月にとっては一つのおとぎばなしなのです。 なつかしい友よ、今夜わたしはきみの姿を見ません。 きみの訪問の記念に、どんな絵をもかくことができません。 ――こうしてわたしが、夢想にふけりながら雲の中を見上げますと、そこが明るくなりました。 それは一すじの月の光でした。 けれども、その光はすぐまた消えてしまいました。 黒い雲がすべって行ったのです。 しかし、それこそ挨拶でした。 月がわたしに送ってくれた、やさしい晩の挨拶だったのです。 [#改ページ] 第九夜 空気はまた澄みわたりました。 幾晩か、たっていました。 月は上弦になっていました。 わたしはふたたびスケッチをしようという考えを起しました。 ――月の話してくれたことをお聞きください。 「わたしはグリーンランドの東海岸まで、北極鳥と、泳いでいるクジラの後を追って行きました。氷と雲とにおおわれた裸の岩山が谷をとりまいていました。ヤナギとコケモモが咲きそろい、よい香りのするセンオウは甘い匂いをひろげていました。わたしの光は弱く、わたしのまるい顔も、茎からもぎとられて何週間も水の上をただよっているスイレンの葉のように、青ざめていました。北極光の冠が、もえさかっていました。その光の輪は広くて、光の線は渦巻く火柱のように大空ぜんたいにひろがって、緑と紅とにきらめいていました。 この地方に住んでいる人たちが踊りと娯楽のために集まっていましたが、この美しさを見ても、ふだん見なれているために、だれひとり驚く者はありませんでした。
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