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2021-01-13

絵のない絵本(13/59)

(749字。目安の読了時間:2分)

あたりの花は、たいへん強くにおいました。そよ風は静かにまどろみました。海はまるで、深い谷の上にひろがっている空の一部になったかのようでした。  また一台の馬車が通りすぎました。中には六人の客が乗っていました。そのうち四人は眠っていました。五人目の男は、自分によく似合うはずの、新しい夏服のことを考えていました。六人目の男は、御者のほうへからだを乗りだして、あそこに積み重ねてある石には、なにか特別のことでもあるのかとたずねました。 『いいや』と、御者は言いました。『ただ、石が積み重ねてあるだけでさあ。だが、あっちの木のほうとなると、特別のことがありますて!』 『どうしてだい?』 『ええ、特別のことがありますとも! 旦那、冬になって、雪が深くつもりますってえと、何もかも一面に平らになってしまいまさ。そんなとき、あっしの目印になるのが、あの木でしてね、あいつを頼りにして行くからこそ、海にもはまりこまねえですむってもんでさ。だからね、あいつは特別なんですよ!』――こう言って、走り去りました。  そこへ、ひとりの画家がやってきました。その眼はきらめきました。一言も物を言いませんでした。画家は口笛を吹きました。ナイチンゲールが歌いはじめました。一羽また一羽と、だんだん高く。 『だまれ!』と、画家はどなって、すべての色と濃淡とを非常にくわしくかきとめました。『青、薄紫、濃褐色!』これはすばらしい絵になるでしょう! 画家は、鏡がものの姿をうつすように、それをうつしとったのです。そしてそうしながら、ロッシーニの行進曲を口笛で吹いていました。  最後にやってきたのは貧しい女の子でした。女の子は塚のそばで休んで、荷物をおろしました。美しい青白い顔を森のほうへ向けて、そこからひびいてくる物音に耳をかたむけました。

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