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オーケストラのすぐそばに、若い公爵夫妻が、二つの古い肘掛いすに腰かけているのが見えました。いつもなら、この席には町長夫妻がすわることになっていたのですが、今夜ばかりは、ほかの町の人たちとおなじように、木のベンチに腰かけなければなりませんでした。 『まあどうでしょう。タカがタカに追われたというものですわね!』と、奥さんたちが小声で話しあっていました。なにもかもが、このために、いっそうお祭らしくなっていました。シャンデリアがおどりあがりました。のぞいている連中は、指をぶたれました。そうしてわたしは――そうです、この月のわたしは、ぜんたいの喜劇をいっしょに見たのです」―― [#改ページ] 第五夜 「きのう」と、月が言いました。 「わたしはそうぞうしいパリを見おろしていました。わたしの眼は、ルーブル宮殿の中のあちこちの部屋の中へ入りこんでいきました。みすぼらしい身なりをした、ひとりの年とったお婆さんが――このお婆さんは貧しい階級の人でした――身分のいやしい番人の後について、がらんとした大きな玉座の間にはいってきました。お婆さんはこの広間を見たかったのです。見ないではいられなかったのです。お婆さんがこの部屋までくるのには、なんどもなんども、ちょっとした贈り物をしたり、言葉をつくして頼みこんだりしたのでした。 お婆さんはやせこけた手を合せて、まるで教会の中にでもいるように、うやうやしくあたりを見まわしました。 『ここだったんだ!』と、お婆さんは言いました。『ここだ!』 こう言って、金の縁飾りのついている、立派なビロードの垂れさがった玉座に近づいて行きました。 『そこだ、そこだ!』とお婆さんは言いました。そして膝をついて、まっかなじゅうたんにキスをしました。――お婆さんは泣いていたと思います。 『これはそのビロードじゃなかったんだよ』と、番人は言いました。
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