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絵のない絵本 ふしぎなことです! わたしは、なにかに深く心を動かされているときには、まるで両手と舌とが、わたしのからだにしばりつけられているような気持になるのです。 そしてそういうときには、心の中にいきいきと感じていることでも、それをそのまま絵にかくこともできなければ、言い表わすこともできないのです。 しかし、それでもわたしは絵かきです。 わたしの眼が、わたし自身にそう言い聞かせています。 それに、わたしのスケッチや絵を見てくれた人たちは、みんながみんな、そう認めてくれているのです。 わたしは貧しい若者で、たいへんせまい小路の一つに住んでいます。 といっても、光がさしてこないというようなことはありません。 なにしろ、まわりの屋根ごしに、ずっと遠くの方まで見わたすことができるほど、高いところに住んでいるのですから。 この町にきた、さいしょのころは、ひどくせまくるしい気がして、さびしい思いをしたものです。 それもそのはず、森やみどりの丘のかわりに、地平線に見えるものといえば、ただ灰色の煙突ばかりなのですからね。 おまけに、ここには、友だちひとりいるわけではありませんし、あいさつの声をかけてくれるような顔なじみもなかったのです。 ある晩のこと、わたしはたいへん悲しい気持で、窓のそばに立っていました。 ふと、わたしは窓をあけて、外をながめました。 ああ、そのとき、わたしは、どんなに喜んだかしれません! そこには、わたしのよく知っている顔が、まるい、なつかしい顔が、遠い故郷からの、いちばん親しい友だちの顔が、見えたのです。 それは月でした。 なつかしい、むかしのままの月だったのです。 あの故郷の、沼地のそばに生えている、ヤナギの木のあいだから、わたしを見おろしたときと、すこしもかわらない月だったのです。
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