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八月朔。 連日の炎暑に疲労を覚ること甚し。 夜九時頃微雨あり涼風頓に生ず。 喜んで筆を把らむとするに蚊軍雨に追はれ家の中に乱入す。 一枚をも書き得ずして已む。 八月三日。 唖※子病むとの報あり。 八月五日。 再び疑雨集をよむ。 驟雨あり。 涼味襲ふが如し。 八月六日。 暴風の兆あり。 裏庭の雁来紅に竹を立てゝ支ふ。 萩咲き出でたり。 終日驟雨、幾度か来り幾度か歇む。 夜花月第五号の原稾をつくる。 八月七日。 春陽堂より荷風全集校正摺を送り来る。 空模様前日の如し。 八月八日。 筆持つに懶し。 屋後の土蔵を掃除す。 貴重なる家具什器は既に母上大方西大久保なる威三郎方へ運去られし後なれば、残りたるはがらくた道具のみならむと日頃思ひゐたしに、此日土蔵の床の揚板をはがし見るに、床下の殊更に奥深き片隅に炭俵屑籠などに包みたるものあまたあり。 開き見れば先考の徃年上海より携へ帰られし陶器文房具の類なり。 之に依つて窃に思見れば、母上は先人遺愛の物器を余に与ることを快しとせず、この床下に隠し置かれしものなるべし。 果して然らば余は最早やこの旧宅を守るべき必要もなし。 再び築地か浅草か、いづこにてもよし、親類縁者の人※に顔を見られぬ陋巷に引移るにしかず。 嗚呼余は幾たびか此の旧宅をわが終焉の地と思定めしかど、遂に長く留まること能はず。 悲しむべきことなり。 八月九日。 昨日立秋となりしより満目の風物一として秋意を帯びざるはなし。
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