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2020-10-22

出世(7/16)

(590字。目安の読了時間:2分)

五円か六円かの金を、どうにか都合して買えばいいのだと思った。 彼は、そう思いつくと、その足で丸善へ行ってみたが、やっぱり徒労であった。 「その本なら、去年あたり二、三部来ましたが、とっくに売り切れてしまいました。御注文なら、取り寄せます」と、いったが、その頃は戦争の影響で、英国から本を取り寄せるには、少なくとも三、四カ月、長ければ半年もの時間がかかった。 そうした余裕がこの場合にあるわけはなかった。  彼は丸善を出てから、また新しい希望を見出した。 「ああもしかしたら、古本屋にあるかも知れない」  彼は、すぐ神田へ行った。 そして、多くの古本屋をほとんど軒並に探してみた。 が、あの金色の唐草模様はどこにも見出されなかった。 本郷も同じことだった。 彼は、足と目とをさんざんに疲らせて、その日の捜索をあきらめて、三田行の電車に乗った。 また彼の頭には新しい希望が湧いた。 「ああ図書館にあるかも知れない」  こんなに考えつきやすいことを、今まで考えつかなかった自分の迂遠さが、少しばからしくなった。 彼は電車が内幸町へ来ると、急いで飛び降りて、日比谷の図書館へ行ってみた。 が、そこのカタログには、幾度繰り直しても、見出されなかった。 「ああ上野、あそこが唯一のしかも最後の希望だ」彼はもう日が暮れかかっていたにもかかわらず、後へ引っ返した。

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