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電車内へ遺失したものは、一度は必ずあちらへ集まりますから」と前のと違った車掌が、また彼に一縷の望みを伝えてくれた。 誰かに持って行かれたのだという疑いが、だんだん明らかな形を取り出した。 そう思うと、自分の横に座っていた印半纏の男が浚(さら)って行ったのかも知れないと思った。 が、あの男が家へ帰って「希臘彫刻手記」と原稿紙と弁当とを見出して、一体それを何にするであろうかと思った。 俺に、こんなに迷惑をかけながら、向うでは少しも得をしない、罪悪の中でもこうした罪悪が、結果的にはいちばん性質の悪いやつかも知れないと、譲吉は思った。 本屋から貸してくれた原本を無くしたこと、それは少しの義理を欠けば済むことだが、自分の金儲けの希望を、それほど些細に、手軽にふいにしてしまったことが、彼には堪らなく不快であった。 が、まだまるきり失望するには当らない。 明日電気局へ行けば、都合よく届け出されてあるかも知れないと思った。 が、翌日電気局へ行ってみたが、やっぱり無かった。 念のために、警視庁の拾得係へ行ってみたが、やっぱり無かった。 もう盗られたのに違いなかった。 困っている俺にとっては、あんなに大切のものを、ほんの出来心に盗るやつがあるかと思うと、譲吉は何となく腹立たしかった。 が、丸善にでもあれば、そう失望するには当らない。 五円か六円かの金を、どうにか都合して買えばいいのだと思った。
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