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2020-10-20

出世(5/16)

(674字。目安の読了時間:2分)

そんなに、ぼんやりとしていて大切な品物を容易に忘れてしまうようでは、俺は激しい世の中に立っては、とても存在していかれない人間ではあるまいかとさえ思われた。  彼は茫然とした淋しい情ない心持で、まず三田の車庫へ行ってみた。 が、そこにいた監督は「巣鴨の電車ならば、春日町の車庫か、巣鴨の車庫かへ、車掌が届けているでしょう。そんな風呂敷包なら誰も持って行かないでしょう」といった。  彼は、監督の言葉で、やっと安心して、すぐ引っ返して春日町へ行った。 三田から春日町までの、あの長い丁場を、彼はどんなにいらいらした心持で乗ったことだろう。 が、春日町へ着いてみると「希臘彫刻手記」は、そこへも来ていなかった。 「ああきっと、本郷回りの電車でしょう。それだと、巣鴨の車庫へ届けたのでしょう」と、そこの監督が、彼の希望を繋いでくれた。 が、巣鴨まで行ってみると、そこにもやっぱり「希臘彫刻手記」は来ていなかった。 「見つけた車掌が持ってきたんでしょうが、出発を急いだので、ここへは届けずにまた持って行ったんでしょう。それだと、もう一度三田の車庫へ行ってみたらどうです」と、そこの監督が、また彼の消えかかった希望を繋いでくれた。 彼は、また巣鴨から三田までの長い線路を――東京のほとんど端から端を、頼りない不快で乗った。 が、三田の車庫にもやっぱり彼の風呂敷包は見出されなかった。 「電気局へ明日あたり行ってごらんなさい。電車内へ遺失したものは、一度は必ずあちらへ集まりますから」と前のと違った車掌が、また彼に一縷の望みを伝えてくれた。

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