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大学を出ても、まだ他人の家の厄介になっていて、何らの職業も、見つからないのに、彼の故郷からは、もう早くから、金を送るようにいってきていた。 大学を出さえすれば、すぐにも金が取れるように彼の父や母は思っていた。 またそう思わずには、おられなかったのだろう。 「譲吉が学校を出るまで」という言葉を、彼らは窮乏から来る苦しみを逃れる、唯一のまじないのように思っていたのだから。 譲吉は、自分が就職難に苦しんでいる最中に、早くも金を送れといってくる母の無理解さに、いらいらしながら、自分が学問をしたそのために、家に負わした経済的な致命傷のことを思うと、そうした性急な催促も、もっともと思わずにはおられなかった。 それだけで仕方なしに、彼はどうにかして、金を儲けることを考えた。 そうして、こんな場合に、多少文筆の素養があるものが考えつくように、翻訳をやってみようと思った。 彼は、友人の紹介で、ある書店から出版されている「西洋美術叢書」の一巻を翻訳させてもらうことにした。 それは、ガードナーという人の書いた「希臘彫刻手記」という本であった。 金色の唐草模様か何かの表紙の付いた六、七百ページの本であった。 またその活字が、邦字の六号活字に匹敵するほどの小さいローマ字で、その上ベッタリと一面に組んであるのであった。 一ページを訳するのにも、一時間近くもかかった。 その六、七百ページを、ことごとく訳し終って、所定の稿料を貰える日は、茫漠としていつのことだか分からなかった。
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