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彼が田舎の中学を出て、初めて東京へ来た時、最初に入った公共の建物は、やっぱりあの図書館であった。 本好きの彼にとっては、場所にも人にも、何の馴染みもない東京の中では、図書館がいちばん勝手が分かるようであった。 田舎の中学生にありがちな、東京崇拝に原因しているいろいろな幻影が、東京における実際の建物、文物、風景、人物に接して、ことごとく崩れていってしまった中でも、図書館に対する満足だけは、いつまでも残っていた。 田舎の設備の不十分な蔵書の少ない図書館だけしか知らなかった譲吉の目には、あの図書館がどんなに広大に完成されて見えただろう。 その頃の彼には、東京におけるいろいろな設備の中では、図書館のありがたさだけがいちばん身に染みて感ぜられた。 その時以来、どんなにあの図書館の世話になったことだろう。 最初入学した専門学校を退学されて、行きどころもなくぶらぶらと半年ばかりの月日を過さなければならなかった時には、どんなにあの建物のありがたさが分かっただろう。 高等学校へ入ってからも、幾度通ったかもわからない。 まだ、そればかりではない、つい二年前、大学を出てから職業にありつくまでの半年間を、彼はやっぱり図書館で暮していたのだ。 その時代の図書館通いは、彼にとってはいちばんみじめなことであった。 大学を出ても、まだ他人の家の厄介になっていて、何らの職業も、見つからないのに、彼の故郷からは、もう早くから、金を送るようにいってきていた。
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