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再びざらざらした男の手が私を導きながら狭そうな路次を二三間行くと、裏木戸のようなものをギーと開けて家の中へ連れて行った。 眼を塞がれながら一人座敷に取り残されて、暫く座っていると、間もなく襖(ふすま)の開く音がした。 女は無言の儘(まま)、人魚のように体を崩して擦り寄りつつ、私の膝の上へ仰向きに上半身を靠(もた)せかけて、そうして両腕を私の項に廻して羽二重の結び目をはらりと解いた。 部屋は八畳位もあろう。 普請と云い、装飾と云い、なかなか立派で、木柄なども選んではあるが、丁度この女の身分が分らぬと同様に、待合とも、妾宅とも、上流の堅気な住まいとも見極めがつかない。 一方の縁側の外にはこんもりとした植え込みがあって、その向うは板塀に囲われている。 唯これだけの眼界では、この家が東京のどの辺にあたるのか、大凡その見当すら判らなかった。 「よく来て下さいましたね。」 こう云いながら、女は座敷の中央の四角な紫檀の机へ身を靠せかけて、白い両腕を二匹の生き物のように、だらりと卓上に匍(は)わせた。 襟のかかった渋い縞(しま)お召に腹合わせ帯をしめて、銀杏返しに結って居る風情の、昨夜と恐ろしく趣が変っているのに、私は先ず驚かされた。
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