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2020-09-21

秘密(21/30)

(617字。目安の読了時間:2分)

夥(おびただ)しい雨量が、天からざあざあと直瀉する喧囂(けんごう)の中に、何もかも打ち消されて、ふだん賑(にぎ)やかな広小路の通りも大概雨戸を締め切り、二三人の臀端折りの男が、敗走した兵士のように駈(か)け出して行く。 電車が時々レールの上に溜(た)まった水をほとばしらせて通る外は、ところどころの電柱や広告のあかりが、朦朧たる雨の空中をぼんやり照らしているばかりであった。 外套から、手首から、肘の辺まで水だらけになって、漸く雷門へ来た私は、雨中にしょんぼり立ち止りながらアーク燈の光を透かして、四辺を見廻したが、一つも人影は見えない。 何処かの暗い隅に隠れて、何者かが私の様子を窺っているのかも知れない。 こう思って暫く彳(たたず)んで居ると、やがて吾妻橋の方の暗闇から、赤い提灯の火が一つ動き出して、がらがらがらと街鉄の鋪(し)き石の上を駛走して来た旧式な相乗りの俥(くるま)がぴたりと私の前で止まった。 「旦那、お乗んなすって下さい。」 深い饅頭笠に雨合羽を着た車夫の声が、車軸を流す雨の響きの中に消えたかと思うと、男はいきなり私の後へ廻って、羽二重の布を素早く私の両眼の上へ二た廻り程巻きつけて、蟀谷の皮がよじれる程強く緊め上げた。 「さあ、お召しなさい。」 こう云って男のざらざらした手が、私を掴んで、惶(あわただ)しく俥の上へ乗せた。 しめっぽい匂いのする幌(ほろ)の上へ、ぱらぱらと雨の注ぐ音がする。

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