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其処にて当方より差し向けたるお迎いの車夫が、必ず君を見つけ出して拙宅へご案内致す可く候。 君の御住所を秘し給うと同様に、妾も今の在り家を御知らせ致さぬ所存にて、車上の君に眼隠しをしてお連れ申すよう取りはからわせ候間、右御許し下され度、若しこの一事を御承引下され候わずば、妾は永遠に君を見ることかなわず、これに過ぎたる悲しみは無之候。 私はこの手紙を読んで行くうちに、自分がいつの間にか探偵小説中の人物となり終せて居るのを感じた。 不思議な好奇心と恐怖とが、頭の中で渦を巻いた。 女が自分の性癖を呑(の)み込んで居て、わざとこんな真似をするのかとも思われた。 明くる日の晩は素晴らしい大雨であった。 私はすっかり服装を改めて、対の大島の上にゴム引きの外套を纏(まと)い、ざぶん、ざぶんと、甲斐絹張りの洋傘に、滝の如くたたきつける雨の中を戸外へ出た。 新堀の溝が往来一円に溢れているので、私は足袋を懐へ入れたが、びしょびしょに濡(ぬ)れた素足が家並みのランプに照らされて、ぴかぴか光って居た。 夥(おびただ)しい雨量が、天からざあざあと直瀉する喧囂(けんごう)の中に、何もかも打ち消されて、ふだん賑(にぎ)やかな広小路の通りも大概雨戸を締め切り、二三人の臀端折りの男が、敗走した兵士のように駈(か)け出して行く。
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