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男と対談する間にも時々夢のような瞳を上げて、天井を仰いだり、眉根を寄せて群衆を見下ろしたり、真っ白な歯並みを見せて微笑んだり、その度毎に全く別趣の表情が、溢れんばかりに湛(たた)えられる。 如何なる意味をも鮮やかに表し得る黒い大きい瞳は、場内の二つの宝石のように、遠い階下の隅からも認められる。 顔面の凡べての道具が単に物を見たり、嗅いだり、聞いたり、語ったりする機関としては、あまりに余情に富み過ぎて、人間の顔と云うよりも、男の心を誘惑する甘味ある餌食であった。 もう場内の視線は、一つも私の方に注がれて居なかった。 愚かにも、私は自分の人気を奪い去ったその女の美貌に対して、嫉妬と憤怒を感じ始めた。 嘗(かつ)ては自分が弄んで恣に棄ててしまった女の容貌の魅力に、忽(たちま)ち光を消されて蹈(ふ)み附けられて行く口惜しさ。 事に依ると女は私を認めて居ながら、わざと皮肉な復讐をして居るのではないであろうか。 私は美貌を羨む嫉妬の情が、胸の中で次第々々に恋慕の情に変って行くのを覚えた。 女としての競争に敗れた私は、今一度男として彼女を征服して勝ち誇ってやりたい。 こう思うと、抑え難い欲望に駆られてしなやかな女の体を、いきなりむずと鷲掴(わしづか)みにして、揺す振って見たくもなった。
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