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2020-09-16

秘密(16/30)

(638字。目安の読了時間:2分)

あの時分やや小太りに肥えて居た女は、神々しい迄(まで)に痩せて、すッきりとして、睫毛の長い潤味を持った円い眼が、拭うが如くに冴(さ)え返り、男を男とも思わぬような凜々(りり)しい権威さえ具えている。 触るるものに紅の血が濁染むかと疑われた生々しい唇と、耳朶の隠れそうな長い生え際ばかりは昔に変らないが、鼻は以前よりも少し嶮(けわ)しい位に高く見えた。 女は果たして私に気が附いて居るのであろうか。 どうも判然と確かめることが出来なかった。 明りがつくと連れの男にひそひそ戯れて居る様子は、傍に居る私を普通の女と蔑んで、別段心にかけて居ないようでもあった。 実際その女の隣りに居ると、私は今迄得意であった自分の扮装を卑しまない訳には行かなかった。 表情の自由な、如何にも生き生きとした妖女の魅力に気圧されて、技巧を尽した化粧も着附けも、醜く浅ましい化物のような気がした。 女らしいと云う点からも、美しい器量からも、私は到底彼女の競争者ではなく、月の前の星のように果敢なく萎れて了うのであった。 朦々(もうもう)と立ち罩(こ)めた場内の汚れた空気の中に、曇りのない鮮明な輪郭をくッきりと浮かばせて、マントの蔭からしなやかな手をちらちらと、魚のように泳がせているあでやかさ。 男と対談する間にも時々夢のような瞳を上げて、天井を仰いだり、眉根を寄せて群衆を見下ろしたり、真っ白な歯並みを見せて微笑んだり、その度毎に全く別趣の表情が、溢れんばかりに湛(たた)えられる。

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