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の薫りの高い烟を私の顔に吹き附けながら、指に篏(は)めて居る宝石よりも鋭く輝く大きい瞳を、闇の中できらりと私の方へ注いだ。 あでやかな姿に似合わぬ太棹の師匠のような皺嗄(しわが)れた声、―――その声は紛れもない、私が二三年前に上海へ旅行する航海の途中、ふとした事から汽船の中で暫く関係を結んで居たT女であった。 女はその頃から、商売人とも素人とも区別のつかない素振りや服装を持って居たように覚えて居る。 船中に同伴して居た男と、今夜の男とはまるで風采も容貌も変っているが、多分はこの二人の男の間を連結する無数の男が女の過去の生涯を鎖のように貫いて居るのであろう。 兎(と)も角その婦人が、始終一人の男から他の男へと、胡蝶(こちょう)のように飛んで歩く種類の女であることは確かであった。 二年前に船で馴染みになった時、二人はいろいろの事情から本当の氏名も名乗り合わず、境遇も住所も知らせずにいるうちに上海へ着いた。 そうして私は自分に恋い憧れている女を好い加減に欺き、こッそり跡をくらまして了った。 以来太平洋上の夢の中なる女とばかり思って居たその人の姿を、こんな処で見ようとは全く意外である。 あの時分やや小太りに肥えて居た女は、神々しい迄(まで)に痩せて、すッきりとして、睫毛の長い潤味を持った円い眼が、拭うが如くに冴(さ)え返り、男を男とも思わぬような凜々(りり)しい権威さえ具えている。
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