(571字。目安の読了時間:2分)
私はその時まで、たびたび八幡様へお参りをしたが、未だ嘗(かつ)て境内の裏手がどんなになっているか考えて見たことはなかった。 いつも正面の鳥居の方から社殿を拝むだけで、恐らくパノラマの絵のように、表ばかりで裏のない、行き止まりの景色のように自然と考えていたのであろう。 現在眼の前にこんな川や渡し場が見えて、その先に広い地面が果てしもなく続いている謎のような光景を見ると、何となく京都や大阪よりももっと東京をかけ離れた、夢の中で屡々(しばしば)出逢(あ)うことのある世界の如く思われた。 それから私は、浅草の観音堂の真うしろにはどんな町があったか想像して見たが、仲店の通りから宏大な朱塗りのお堂の甍(いらか)を望んだ時の有様ばかりが明瞭に描かれ、その外の点はとんと頭に浮かばなかった。 だんだん大人になって、世間が広くなるに随い、知人の家を訪ねたり、花見遊山に出かけたり、東京市中は隈(くま)なく歩いたようであるが、いまだに子供の時分経験したような不思議な別世界へ、ハタリと行き逢うことがたびたびあった。 そう云う別世界こそ、身を匿すには究竟であろうと思って、此処彼処といろいろに捜し求めて見れば見る程、今迄通ったことのない区域が到る処に発見された。 浅草橋と和泉橋は幾度も渡って置きながら、その間にある左衛門橋を渡ったことがない。
========================= ハッシュタグ「#ブンゴウメール」をつけて感想をつぶやこう! https://bit.ly/34Mrpyn
■Twitterでみんなの感想を見る:https://goo.gl/rgfoDv ■ブンゴウメール公式サイト:https://bungomail.com ■青空文庫でこの作品を読む:https://www.aozora.gr.jp/cards/001383/files/57349_60032.html ■運営へのご支援はこちら: https://www.buymeacoffee.com/bungomail ■月末まで一時的に配信を停止: https://forms.gle/d2gZZBtbeAEdXySW9
配信元: ブンゴウメール編集部 NOT SO BAD, LLC. Web: https://bungomail.com 配信停止:[unsubscribe]