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そうして私はますます彼を避けるようにした。 彼は時々悲しげな目つきで私の方を見つめた。 ……私はそのもの云いたげな、しかし去年とはまるっきり異った眼ざしの中に、彼の苦痛を見抜いたように思った。 しかし私自身はと云えば、もうこれらの日が私の少年時の最後の日であるかのように思いなしていたせいか、至極快活に、お前の兄弟たちと遊び戯れることが出来た。 その呉服屋の息子は今年建てたばかりの小さな別荘に一人で暮らしていた。 彼はその新しい別荘を、その夏お前たちの一家を迎えるために建てさせたらしかった。 しかし彼の病気がそれを許さなかった。 お前たちは、去年の農家の離れに、女ばかりで暮らしていた。 お前の兄たちと私だけが、その青年の家に泊りに行った。 或る早朝だった。 私は厠(かわや)にはいっていた。 その小さな窓からは、井戸端の光景がまる見えになった。 誰かが顔を洗いにきた。 私が何気なくその窓から覗(のぞ)いていると、青年が悪い顔色をして歯を磨いていた。 彼の口のまわりには血がすこし滲(にじ)んでいた。 彼はそれに気がつかないらしかった。 私もそれが歯茎から出たものとばかり思っていた。 突然、彼がむせびながら、俯向きになった。 そしてその流し場に、一塊りの血を吐いていた……
その日の午後、誰にもそのことを知らせずに、私は突然T村を立ち去った。
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