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ところが、急がしい市役所の仕事が漸く片附きかけた頃のこと、或る日軽部は急に屋敷を仕事場の断裁機の下へ捻じ伏せてしきりに白状せよ白状せよと迫っているのだ。 思うに屋敷はこっそり暗室へ這入ったところを軽部に見附けられたのであろうが私が仕事場へ這入っていったときは丁度軽部が押しつけた屋敷の上へ馬乗りになって後頭部を殴りつけているところであった。 とうとうやられたなと私は思ったが別に屋敷を助けてやろうという気が起らないばかりではない。 日頃尊敬していた男が暴力に逢うとどんな態度をとるものかとまるでユダのような好奇心が湧いて来て冷淡にじっと歪む屋敷の顔を眺めていた。 屋敷は床の上へ流れ出したニスの中へ片頬を浸したまま起き上ろうとして慄えているのだが、軽部の膝骨が屋敷の背中を突き伏せる度毎にまた直ぐべたべたと崩れてしまって着物の捲れあがった太った赤裸の両足を不恰好に床の上で藻掻かせているだけなのだ。 私は屋敷が軽部に少なからず抵抗しているのを見ると馬鹿馬鹿しくなったがそれより尊敬している男が苦痛のために醜い顔をしているのは心の醜さを表しているのと同様なように思われて不快になって困り出した。 私が軽部の暴力を腹立たしく感じたのもつまりはわざわざ他人にそんな醜い顔をさせる無礼さに対してなので、実は軽部の腕力に対してではない。 しかし、軽部は相手が醜い顔をしようがしまいがそんなことに頓着しているものではなくますます上から首を締めつけて殴り続けるのである。 私はしまいに黙って他人の苦痛を傍で見ているという自身の行為が正当なものかどうかと疑い出したが、そのじっとしている私の位置から少しでも動いてどちらかへ私が荷担をすればなお私の正当さはなくなるようにも思われるのだ。 それにしてもあれほど醜い顔をし続けながらまだ白状しない屋敷を思うといったい屋敷は暗室から何か確実に盗みとったのであろうかどうかと思われて、今度は屋敷の混乱している顔面の皺から彼の秘密を読みとることに苦心し始めた。
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