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2020-06-11

機械(11/30)

(861字。目安の読了時間:2分)

いったい主人の仕事をいつ盗んだか、主人の仕事を手伝うということが主人の仕事を盗むことなら君だって主人の仕事を盗んでいるのではないかといってやると、彼は暫く黙ってぶるぶる唇をふるわせてから急に私にこの家を出ていけと迫り出した。 それで私も出るには出るがもう暫く主人の研究が進んでからでも出ないと主人に対してすまないというと、それなら自分が先きに出るという。 それでは君は主人を困らせるばかりで何にもならぬから私が出るまで出ないようにするべきだといってきかせてやっても、それでも頑固に出るという。 それでは仕方がないから出ていくよう、後は私が二人分を引き受けようというと、いきなり軽部は傍にあったカルシュームの粉末を私の顔に投げつけた。 実は私は自分が悪いということを百も承知しているのだが悪というものは何といったって面白い。 軽部の善良な心がいらだちながら慄えているのをそんなにもまざまざと眼前で見せつけられると、私はますます舌舐めずりをして落ちついて来るのである。 これではならぬと思いながら軽部の心の少しでも休まるようにと仕向けてはみるのだが、だいいち初めから軽部を相手にしていなかったのが悪いので彼が怒れば怒るほどこちらが恐わそうにびくびくしていくということは余程の人物でなければ出来るものではない。 どうもつまらぬ人間ほど相手を怒らすことに骨を折るもので、私も軽部が怒れば怒るほど自分のつまらなさを計っているような気がして来て終いには自分の感情の置き場がなくなって来始め、ますます軽部にはどうして良いのか分らなくなって来た。 全く私はこのときほどはっきりと自分を持てあましたことはない。 まるで心は肉体と一緒にぴったりとくっついたまま存在とはよくも名付けたと思えるほど心がただ黙々と身体の大きさに従って存在しているだけなのだ。 暫くして私はそのまま暗室へ這入ると仕かけておいた着色用のビスムチルを沈澱さすため、試験管をとってクロム酸加里を焼き始めたのだが軽部にとってはそれがまたいけなかったのだ。

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