ブンゴウメール
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身を立てるのによいきっかけがないものかと、巳之助はこころひそかに待っていた。
すると或る夏の日のひるさがり、巳之助は人力車の先綱を頼まれた。
その頃岩滑新田には、いつも二、三人の人力曳がいた。
潮湯治(海水浴のこと)に名古屋から来る客は、たいてい汽車で半田まで来て、半田から知多半島西海岸の大野や新舞子まで人力車でゆられていったもので、岩滑新田はちょうどその道すじにあたっていたからである。
人力車は人が曳くのだからあまり速くは走らない。
それに、岩滑新田と大野の間には峠が一つあるから、よけい時間がかかる。
おまけにその頃の人力車の輪は、ガラガラと鳴る重い鉄輪だったのである。
そこで、急ぎの客は、賃銀を倍出して、二人の人力曳にひいてもらうのであった。
巳之助に先綱曳を頼んだのも、急ぎの避暑客であった。
巳之助は人力車のながえにつながれた綱を肩にかついで、夏の入陽のじりじり照りつける道を、えいやえいやと走った。
馴れないこととてたいそう苦しかった。
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