ブンゴウメール
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海の魚介類は、漁師の漁る灯火の下に、群をなして集つて来るし、山野に生棲する昆虫類は、人家の灯火や弧灯に向つて、蛾群の羽ばたきを騒擾する。
鹿のやうな獣類でさへも、遠方の灯火に対して、眼に一ぱいの涙をたたへながら、何時迄も長く凝視してゐるといふことである。
思ふに彼等は、夜の灯火といふものに対して、何かの或る神秘的なあこがれ、生命の最も深奥な秘密に触れてゐるところの、不思議な恋愛に似た思慕を感じてゐるにちがひない。
今日の学者と生物学は、まだこの動物の秘密を解いてゐない。
しかし同じ動物の一種であり、同じ生命本能の所有者である人間、そして最も原始的な宗教の起原に、民族共通の拝火教や拝日教を有する我等は、自己の主観から臆測して、殆んど彼等の心理を想像することが出来るのである。
飛んで火に焼かれる虫の心理は、おそらく彼等が恋愛の高潮に達した時や、音楽の魅力が絶頂に高まつた時やの、あのやるせない心の焦躁、何物かの認識できない、或るメタフイヂツクな実在の世界に、身も心も投げ捨ててしまひたいと思ふ時のそれと、殆んどよく類似したものであらう。
おそらく多くの動物は、美しく燃える火のなかに、彼等の生命の起原であるところの、実在の故郷を感じてゐるにちがひない。
それはすべての動物に共通する、生命本能の最も原始的な神秘に属してゐる。
そして詩や音楽やの芸術は、かかる原始的な生命の秘密を、経験以前の純粋記憶から表象して、人の本能的なる感性や情緒に訴へるものなのである。
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