ブンゴウメール
(707字。目安の読了時間:2分)
その上私には、道を歩きながら瞑想に耽る癖があった。
途中で知人に挨拶されても、少しも知らずにいる私は、時々自分の家のすぐ近所で迷児になり、人に道をきいて笑われたりする。
かつて私は、長く住んでいた家の廻りを、塀に添うて何十回もぐるぐると廻り歩いたことがあった。
方角観念の錯誤から、すぐ目の前にある門の入口が、どうしても見つからなかったのである。
家人は私が、まさしく狐に化かされたのだと言った。
狐に化かされるという状態は、つまり心理学者のいう三半規管の疾病であるのだろう。
なぜなら学者の説によれば、方角を知覚する特殊の機能は、耳の中にある三半規管の作用だと言うことだから。
余事はとにかく、私は道に迷って困惑しながら、当推量で見当をつけ、家の方へ帰ろうとして道を急いだ。
そして樹木の多い郊外の屋敷町を、幾度かぐるぐる廻ったあとで、ふと或る賑やかな往来へ出た。
それは全く、私の知らない何所かの美しい町であった。
街路は清潔に掃除されて、鋪石がしっとりと露に濡れていた。
どの商店も小綺麗にさっぱりして、磨いた硝子の飾窓には、様々の珍しい商品が並んでいた。
珈琲店の軒には花樹が茂り、町に日蔭のある情趣を添えていた。
四つ辻の赤いポストも美しく、煙草屋の店にいる娘さえも、杏のように明るくて可憐であった。
かつて私は、こんな情趣の深い町を見たことがなかった。
一体こんな町が、東京の何所にあったのだろう。
私は地理を忘れてしまった。
しかし時間の計算から、それが私の家の近所であること、徒歩で半時間位しか離れていないいつもの私の散歩区域、もしくはそのすぐ近い範囲にあることだけは、確実に疑いなく解っていた。
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