ブンゴウメール
(736字。目安の読了時間:2分)
と言ってしまえば、もはやこの上、私の秘密について多く語る必要はないであろう。
ただ私の場合は、用具や設備に面倒な手数がかかり、かつ日本で入手の困難な阿片の代りに、簡単な注射や服用ですむモルヒネ、コカインの類を多く用いたということだけを附記しておこう。
そうした麻酔によるエクスタシイの夢の中で、私の旅行した国々のことについては、此所に詳しく述べる余裕がない。
だがたいていの場合、私は蛙どもの群がってる沼沢地方や、極地に近く、ペンギン鳥のいる沿海地方などを彷徊した。
それらの夢の景色の中では、すべての色彩が鮮やかな原色をして、海も、空も、硝子のように透明な真青だった。
醒めての後にも、私はそのヴィジョンを記憶しており、しばしば現実の世界の中で、異様の錯覚を起したりした。
薬物によるこうした旅行は、だが私の健康をひどく害した。
私は日々に憔悴し、血色が悪くなり、皮膚が老衰に澱んでしまった。
私は自分の養生に注意し始めた。
そして運動のための散歩の途上で、或る日偶然、私の風変りな旅行癖を満足させ得る、一つの新しい方法を発見した。
私は医師の指定してくれた注意によって、毎日家から四、五十町(三十分から一時間位)の附近を散歩していた。
その日もやはり何時も通りに、ふだんの散歩区域を歩いていた。
私の通る道筋は、いつも同じように決まっていた。
だがその日に限って、ふと知らない横丁を通り抜けた。
そしてすっかり道をまちがえ、方角を解らなくしてしまった。
元来私は、磁石の方角を直覚する感官機能に、何かの著るしい欠陥をもった人間である。
そのため道のおぼえが悪く、少し慣れない土地へ行くと、すぐ迷児になってしまった。
その上私には、道を歩きながら瞑想に耽る癖があった。
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